第 3887号2023.08.13
「お菓子は想い出の宝箱」小西 敦子
『ねぇ、もみじ饅頭が食べたいのだけど、あなた、広島へ行く用事はないの?』 実家の母から唐突な質問の電話がかかってきたのは、記録的な猛暑日だった。 4年前に父が他界して以来、金沢市内の一軒家で一人暮らしをしている84歳の母。 金沢は菓子処ゆえ、作りたての生菓子が年中手に入るというのに、季節外れの “もみじ饅頭”を真夏に所望する気まぐれは、いったいどこからやって来たのだろう。 とはいえ親孝行に後悔したくないので、母の願いを叶えようとネット検索したと ころ、広島の有名店で購入するとクール便送料がかかるが、もみじ饅頭”のOEM (他社商品の製造を請け負う事業)をしている大阪の工場から直送ならば、送料 無料、しかも環境に優しい簡易包装で届くらしい。 これ幸いとすぐに注文して実家へ発送。 私は無事、親孝行ミッションを終えた。 ところが数日後、母から寂しそうな声で電話がかかってきた。 口に合わなかったのかと訊いたら、そうではない。 『もみじ饅頭が大阪から届いたのよ。どうして広島じゃないの?』とポツリ。 その言葉で、ふと蘇った父の記憶。 父の叔母は聾唖者で、晩年は広島の高齢者施設で静かに暮らしていた。 父は時折、電車で4時間かけて叔母に会いに行き、小さな困り事を解決したり、 筆談で話し相手になったりしていた。そして必ず帰りには、家族に“もみじ饅頭” をお土産に買ってきてくれた。 お茶の時間に旅の話をする父に、母は微笑みながら『それはいいことしたね』と 頷いていた。 母にとって“もみじ饅頭”は、嗜好品を超えて、伴侶の“人となり”を感じ、 人生を慈しむ大切な記憶の一片だったのだろう。 8月は日本中が心から広島を想う。 そんな心の連動に全く気づかず、気まぐれだなんて言って、ごめん。 お詫びに、秋が深まるころ、家族の想い出を辿るお茶会をひらこう。 正真正銘“広島”から届く、在りし日と同じ宝箱を用意して。