第 3879号2023.06.18
「今年も待ってるよ」吉田 康則
彼(ひょっとしたら彼女かもしれない)の来訪に気付いたのは、数年前の 梅雨入りして間もない日の朝だった。食事の支度を整え、ふと窓の外を 見ると、窓枠の桟に一匹のアオガエルが佇んでいた。顔を近づけても 逃げる気配もなく桟の上でじっとしている。 「あんな高いところにどういうふうに飛びついたんだろう?」 「さあ・・・。でも小さくて可愛いわね」。食事時の妻との会話が和んだ。 陽が高くなる頃には、どこかへ行ってしまったが、次の日も、 その次の日も朝になると、ほぼ同じ場所にやってきた。 天気の良い日には薄緑色の体を朝陽に輝かせ、雨の日には、面目躍如 とでも言うように水滴をはじいて存在を誇っていた。 そして梅雨が明けようとした頃、彼は忽然と姿を消し、以来、姿を 見掛けることはなかった。少し寂しかったが、日ごと記憶は薄れ、 初夏の仄かな思い出だけが残った。 思わず一点を凝視することになったのは、翌年の梅雨入り後の朝だった。 前年と殆ど同じ場所に、また一匹のアオガエルが佇んでいた。勿論、 前年の彼ではないだろうが、見てくれはそっくりである。 懐かしさが込み上げてきた。泰然自若?悠々自適?いずれの表現でも 言い表せないような堂々たる風情である。その年も、梅雨明け頃まで、 毎朝、同じ場所に佇み、そして忽然と姿を消した。翌年も、そのまた翌年も 同じことが繰り返された。 昨年の夏。庭木を少し伐採して見晴らしが良くなった。春先になり外を見て、 はっとした。間もなく梅雨がやってくる。彼の来訪があるとしたら景色が 変わって戸惑うことはないだろうか?少し心配である。 「アオガエル君、今年も再会を楽しみに待ってるよ」。