「 またお会いしましょう 」
吉田 良(埼玉県川口市)
元気いっぱいな人に会うと、こちらも元気になる気がする。先日、混み合っている夕方の渋谷駅で、一人の女性と知り合った。
「この電車は大宮に行きますか?」埼京線のホームで尋ねていたその人は、母より一つ下の77歳。格子柄の赤いジャケットと、スパンコールがキラキラと光っている黒の細いパンツ。いつも年相応の装いを心がけている田舎の母は、きっと一生こんな派手な格好はしないだろうと一瞬思ったが、その人にはお似合いで好ましく見えた。
彼女は、電車を待つ私の後ろに並び、そのまま自然に話が始まった。
「今日は久しぶりに友人と一緒に、オーチャードホールにグレン・ミラーを聴きに行ったの」と彼女。私が「茶色の小瓶ですね」と即答すると、嬉しそうな笑顔を返してくれた。
若い時はグレン・ミラーを聞いてダンスホールで踊ったりしたので、今日のコンサートは懐かしい曲ばかりで、とても楽しかった。食事のあと友人と別れて渋谷駅に来たが、あまりの人の多さに戸惑ってしまった、とのことだった。
同じ電車に乗り、数分前に知り合ったとは思えない親しさで、更に30分ほど話に花が咲いた。行きずりの関係だからこそ、却って親密な話が出来るのかも知れない。
浅草で空襲に遭った話。40代で夫を亡くし一人で子供たちを育てた話。そして今はダンスを習い、海外旅行にも一人で行ってしまう話。
次々に話をしているうちに、あっという間に私の下車駅に着いてしまった。
「楽しかったです、お元気で」と私。「また、どこかでお会いしましょうね」と彼女。しかし名前も住所も、顔さえ良く知らない二人は、残念だけれどもう二度と会うことは無いだろう。
25年後の私は、彼女のように元気で居られるだろうか。自分も行きずりの人に、元気を受け取ってもらえる存在になれるだろうか。これからの私のために、神様がこの出会いをセッティングしてくださったのかもしれないと、密かに思った。