第 3736 号2020.09.20
「待って待ち続けて」
三村 悦子(八王子市)
朝寝をしていたら、孫娘の華(1歳)が熱を出したので来てほしいと娘か ら電話があった。8時を過ぎていた。自分はもう出勤したが、午後出勤 のパパと待っているという。飛び起きて支度し、15分後には家を出た。 初夏のよく晴れた日だった。街路樹の若葉は輝き風は爽やか。孫にも 会える。心も足も弾む。メタボ(夫)も腹をゆすり歩いてくる。二人とも 初孫に会いたくていつも一緒だ。 途中で乗り換え、約1時間半で目的の駅に到着した。弁当と飲み物を 買い、10時半には部屋の前に立った。 婿がドアを開けると、まだ歩けない華は腹這いでこちらを覗き見て、 ベソをかき出した。なのにメタボがバァーとやったものだからわっと 泣き出し、パパにしがみついてしまった。 婿は引き継ぎの話をしながらも手早く昼食をチンして食べさせている。 華はさし出されたスプーンのご馳走をパクパク平らげている。見とれる 私達に気づくとパッと体を捩り顔を背けるが、食べることはやめない。 食事がすむとパパは目で合図し、華に気づかれないよう出勤していっ た。 絵本や玩具で何とか気を引こうとしたが、手で払いのけてしまう。あや すとキャッキャッと喜んだ赤ちゃんの頃とは大違いだ。身を固くし警戒 心で一杯の華の心を静めたくて抱きしめる。小さな体の確かな重みと命 の鼓動が直に伝わってくる。華ちゃんは良い子だねんねしなとそっと歌 っているうちに体の力が抜け、ぐにゃっとなって寝入ってしまった。 3時間半ほど平和な時が続いたが、メタボのくしゃみで静寂は一遍に ふっとんだ。 4時半だ。三人の修行は続く。熱は7度に下がったが、絵本も歌も相撲 中継も上の空だ。 電話が鳴った。「ママがすぐ帰るって!」それからはもう風の音にも 聞き耳立てている。 「ただいま」の声がした途端、華の顔は輝き、体中がバネになったかの ように猛烈な速さのハイハイでドアに向かって突進していった。