第 3717 号2020.04.19
「でも見たかった」
美代子・A(ペンネーム)
3才の孫の登園を頼まれた。簡単に思える朝食を済ませ持ち
物を揃えてと、慣れないせいでかなり緊張する。とにかく急がせ て玄関へ。10階のマンションのドアを開けると朝のさわやかな風 と共に蜂が一匹ツーッと入って来てしまった。幸い孫は靴をはこ うとして座っていて気がつかなかった。蜂を追い出さなければ出 かけられないので私は焦って南側の窓を開けに走った。うまい具 合に外に出たので力がぬけた。振り向きながら安堵の声を出した。 「ああ良かった、良かった。」 その時いつの間に来ていたのか孫がピッタリくっついて私を見 あげていた。 「ネエ、何か良かったの?」 咄嗟にごまかしの言葉が浮かばず正直に 「ハチさんがいたから。」すると 「見たい、どこにいるの?どこ?」 「エッ?だって蜂だよ、危険でしょ。もうどこか行ったの。いな いのよ。」 「でも見たかった、ボク見たかった。ハチさんが戻って来たら保 育園に行く。」 最大のピンチ、切羽詰まってしまった。 「あのね、さっき蜂さんに聞いたの、『今忙しいですか』って。そ したら『子供がおなかすいて待ってるので帰ります。』って。」 黙って頷く瞳からキラッと涙がこぼれて、そんなに見たかったの か、と驚いた。 一週間後我が家に来た孫が階段の上から呼んだ。「バアバ、お 願い虫メガネ貸して、ボク蜂の巣見つけちゃったよ。」 半信半疑でついて行くとベランダの手すりの裏に直径8ミリ程 の黒っぽい物がくっついていた。虫メガネで拡大して真剣な顔つ きで話かけている。 「ご飯食べた?ママがすぐ帰って来るよ。寂しくないよ。赤ちゃ んだからまだ眠ってるんだね。」私にも強力に勧めるのでおそる おそる覗くと正確な八角形が並び小さな小さな白いサナギが2匹 いた。