第 3715 号2020.04.05
「花の終わりに」
牡丹焚火(ペンネーム)
桜の見頃が少し過ぎた日曜日、
花見の見所と名高い公園へ赴いた。園内で一際大きな桜の木の前へ来ると、 老夫婦がひとつのカメラを交換しながら互いのことを撮り合って いる姿が目に入る。 桜吹雪の中、その二人だけに陽が差しているように あまりにも美しかったからだ。
「ツーショットお撮りしましょうか」と申し出た私に「遺影を撮 りに来たから一人ずつでいいの」と微笑むご夫婦。
要らない申し出をしてしまったことを恥じたが、 同時に予期せぬ「遺影」という言葉に驚いた。
目の前には晴れ晴れとしたご夫婦がいる。 それまで私が遺影に無意識に感じていた湿っぽさや翳りなど どこにもない。
カメラの腕前は関係なく、 配偶者に撮ってもらう遺影ほど特別な写真はない気がする。 桜の雨の中撮った笑顔の遺影は 来世でもまた巡り会うための目印のような、 この世で最も美しいラブレターたと思った。