第 3711 号2020.03.08
「自然の摂理に逆らって」
ポッキー君(ペンネーム)
最愛の娘が嫁いで行ってしまった。新幹線と在来線を乗り継いで
4時間以上もかかる遠くの街へ。予期していた出来事とはいえ、嬉しいような、寂しいよ うな、初老夫婦と16歳を超える老犬一匹の生活が始まった。オスのビーグル犬。今では 全身の毛の色が薄れ、眼球も白濁、すっかりお爺ちゃんの佇まいだ。ビューティー・ チャンピョン犬の血統を受け継いだ(?)精悍なマスクだった若かりし姿が懐かしい。 娘が小学生の頃、近所のペットショップから生後二ヵ月のカワイイ子犬を連れ帰った。 一人っ子の娘にとっては姉弟同然。恰好の遊び相手だっただけでなく、以心伝心、共に 成長するにつれ、黙って悩みを傾聴してくる唯一にして最大の理解者になっていたのか も、会社の上司に叱られてひどく落ち込んで帰って来た日にも、゛弟犬゛は自ら進んで 姉の傍らにピッタリと寄り添って、静かにその横顔を見守ってくれていた。 忠犬ハチ公殿には到底及ばないものの、最近この老犬が、どうにもいじらしいのだ。 一日の大半を生地が破れたお気に入りのソファーで寝て暮らすくせに、当面帰省する あてのない娘が、いつも会社から帰宅していた予定の時刻になると、おもむろに立ち 上がり、玄関のドアの前で虚空を見つめたまま、じっと正座している。娘の就寝時間が 近づくと、空っぽの彼女のベッドの下に自分の寝床を移動する。まるで遠くで暮らす ゛姉さん゛と二人水入らずの静かな時を共有しているかのように。 ドッグ・イヤー。人間の年齢に換算すると、90歳代後半になるだとか。的を射た表現 とまではいかないが、゛超後期高齢犬゛といったところだろうか。 もう少しだけ、ゆっくり生きてほしいな。自然の摂理に逆らって。