第 3627 号2018.07.29
「 西瓜と夏の日 」
般若湯(ペンネーム)
夏になり、西瓜が八百屋の店先に並び始めた。それなりの値段。
重いし、運ぶのも面倒。うっかり落としたりすると、すべてが水の泡。それでも今日は社会人1年生の長男が帰ってくる。思い切って西瓜を買い、気をつけながら、自転車で帰宅。
幼いころ、母の実家に帰った日。畑で採れる西瓜は最高の、もてなしであった。午前中、まだ暑くなる前。祖父母とともにリアカーで出発。少し川のほうに下ると、そこは西瓜畑。丁寧にひとつひとつ叩いてみて熟れ具合を検分。選びに選んだものを大切にリアカーに乗せて持ち帰り。
大切な西瓜。井戸水を流しながらのブリキのバケツの中。気持ちよさそうに回転しながら水遊び。しかし、夏の日の午後は長い。
西瓜が登場するのは夕餉のあと。家族みんなが揃ったとき。何度も何度も西瓜を眺めにいってはため息。早く食べたい。
ようやく夜になった。みんなが見守るなか、いよいよ西瓜に包丁が入れられる。鮮やかな赤。目が輝く。切れ分けてもらい、だれもが無口になり、むしゃぶりつく。旨い。
赤い部分を食べ尽くすと、こんどはニワトリの出番。裏庭の鳥小屋へ。興奮しながら、白い部分をたちまち食べ尽くす。
そんな夏の日。西瓜を食べる度に、いつも思い出す。都会にいると、畑で西瓜なんて夢のまた夢。けれども、それを囲む家族の笑顔は変わらない。