第 3311 号2012.07.08
「 薔薇のアイスクリーム 」
中道 真理子(台東区)
夫の海外転勤から戻って久しぶりに銀座へ買い物に出かけた。
あるビルの前で懐かしい記憶に足を止めた。
見覚えのある地下に続く螺旋階段。昔、母と買い物の帰りに寄った喫茶店がこの地下だった気がした。その喫茶店にはスプーンで一枚一枚作った花びらを組み合わせて薔薇に見立てたアイスクリームがあり毎回楽しみにしていた。螺旋階段をシンデレラ階段と呼んでスキップして降りていた。
何十年も前の話だから半信半疑で階段を降りてみたがやはり喫茶店はなかった。
その日、帰りに実家に寄ったので母に聞いてみた。
「もしかして、この喫茶店?」
母は携帯電話を開いて中に保存されている写真を見せてくれた。
写真はぶっきらぼうの父と薔薇のアイスクリームを前に微笑んでいる母だった。
「この喫茶店、一昨年まであったのよ。閉店する前の日に父さんと偶然だけど寄ってね。マスターに頼んで記念に撮ってもらったの。私たちのこと覚えていてお嬢さんによろしくって」古い記憶と思い出が携帯電話の中に保存されていた。
「携帯電話のカメラって便利ね。その時初めて使ったのよ」「どうやるのよ?あなたやって」
母は古いままだった。