第 3033 号2007.03.11
「 沈丁花 」
島 朗 子(ペンネーム)
年が変わって早春の気配になる頃、毎年心待ちにしているものがある。
それは、沈丁花の香り。
あれは25年も前、息子と保育園に向かう早朝の道で、大通りの角を曲がった途端に、清々しく微かに甘い花の香り。
小路のマンションの玄関の植え込みに、蕾を開いた沈丁花。
1人で子どもを育てる日々、仕事と育児の忙しさに追われ、半分引きずるように息子の手を握り締めて、つんのめって歩いていた私の鼻腔に、思いがけず流れ込んだ、あの美しい香り。
ハッと胸を衝かれた様な気持ちで、歩みを緩めた。
余裕のない私の心を暖かく一撃したその香りに、何かを諭され促された気がした。
息子の手を握りなおし、ゆっくりと保育園への坂道を下った。
思いがけない贈り物を受け取った気分だった。
それ以来、毎年この季節になると、散歩の道すがら沈丁花の花を探して楽しんできた。
その息子も30歳。この春ようやく本当の自立ができそうである。
私の子育てもいよいよ卒業。嬉しいような少し寂しいような。
そして今、この春の沈丁花は、ひときわ待ち遠しい気がする。